彼の仕事場のパン屋さんに着いて、彼が店長さんに私の事を話すと、店長さんは快く私がお手伝いする事を許可してくれた。
「基本的に暇な事が多いから。あんたはカウンターでボーっとしてるだけでいい」
レジのお手伝いをする事になって、彼はやる気なさそうに淡々と説明した。
「私、こういう経験……初めてです」
「そっ。ま、夜になったらまた初めての経験する事になると思うよ?」
初めて……。
「……」
「奈柚?」
俯いて黙り込んだ私に、一宮さんが小さく名前を呼んだ。
「私、初体験は……嫌いな人じゃなくて、好きな人がよかった」
乾いたはずの涙は
再びボロボロと溢れてきた。

