今日こそは、彼女にプロポーズしよう。青年は、そう決心して、恋人の元に向かっていました。


青年は、名前をローベルトと言いました。ローベルトは、もう数年来愛を語り合ってきた恋人の二十歳の誕生日である今日、彼女の豪奢な邸宅を訪れるつもりでした。


彼女の父親は、有名な銀行の頭取で、ローベルトはその銀行で働く幹部候補の行員でした。


誰もが僕たちを祝福するだろう。ローベルトは、うきうきと、前々から花屋に予約しておいた、美しいバラの花束を抱えて、彼女の住む屋敷に着きました。


ベルを鳴らすと、家政婦のおばさんな出迎え、バラを抱えた彼を見ると、意味ありげに目配せして見せました。


「お嬢様はお部屋です」


おばさんの声を背中に、ローベルトは、趣味のよい調度品が飾られた廊下を抜け、彼女の部屋の前に来ました。今日は彼女の誕生日を祝う盛大なパーティーがありますが、他の客はまだ来ていません。彼は、その静かなひと時をねらっていたのでした。そして、このパーティーを、婚約披露パーティーにしよう。それが、彼と彼女の父親が内密に交わしていた約束でした。


ノックをすると、彼女が出迎えてくれました。青年は部屋に入り、後ろ手でドアを閉めました。彼女は、彼の意図が分かったのか、美しい笑みを浮かべて、手を差しのべました。ローベルトはその手にキスすると、うやうやしくひざまずき、真紅のバラの花束を差し出しながら、これまで彼女の写真を前に何度も練習した、あの、


「僕の妻になってください」


の一言を、舌の上に乗せました。そして、一気にかみしめるように、やわらかい声の調子で言おうとしました。


しかし、実際に彼の口から出たのは、こんな言葉だったのです。


「僕は、あなたが嫌いです」


一番驚いたのは青年でした。だって、全く考えたこともない言葉が、他でもない自分の口から出たのですから。


彼女は真っ青になり、倒れかかりました。青年が、花束を床に置いて彼女を支えようとしますと、彼女は涙を流しながらそっぽを向きました。


「最高の誕生日ですわ!あなたは、そういうひどいことを平気でおっしゃる方でしたのね。よく分かりましたわ。私だってあなたが嫌いです。これでよろしくって?」


「違うのです。これは、間違いなのです。僕は、あなたを妻にしたい一心で、ここに……」


「出ていってください!」


激しい拒絶の言葉に、青年はなすすべもなく、花束を拾い上げると、意気消沈して恋人の部屋を出ました。


廊下に出ると、上司である彼女の父親に出会いました。彼は、このやり取りを聞いていたらしく、顔をしかめて冷徹な命令口調で言い放ちました。


「出ていけ!二度と来るな!銀行にも、明日からあんたの席はない!」


青年は、激しく打ちのめされて、邸宅を出ました。自分の部屋に帰る道すがら、バラの花束を悔しさのあまり引きちぎりながら。



どうして、あんな言葉を言ってしまったのだろう。いくら考えても、答えは出ませんでした。とにかく、彼は失言のせいで、恋人と職を一気に失ってしまったのです。