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メイク落としは持ってこなかったけど、メイク道具はバッグに入っている。だから、今朝は念入りに顔を作った。普段から厚化粧ではないけど。目元がほんの少しだけ腫れて赤い。唇が切れているのは、マスクで隠すことにした。
「華ちゃん、風邪でもひいたのー?」
「夏風邪みたい。エアコン点けたまま寝ちゃったから」
「よくあるよねーそういうの」
そんな会話をリエちゃんとして、何事も無かったかの様に今日も仕事だ。
朝から講座の申し込みや支払いに追われて、クラス担任が作ったクラス通信をまとめたり、掲示に出したり。
自分になにが起こっていたって、彼氏と別れようが家族が死のうが、世の中は待ってはくれないんだ。
こうして忙しくしていた方が、余計なことを考えなくて済むから、良い。
「華ちゃん、問題集買いたいの~」
よく会話する、国公立コース4年生の女の子が窓口で声をかけて来た。あたしを「華ちゃん」と親しげに呼んでくれる。ネームプレートには苗字しか書いていないけれど、下の名前を教えてから、呼んでくれるようになった。可愛いな。
「はいはい、じゃあこっちの申込書に記入してもらって……」
「華ちゃん、風邪?」
「うん。ちょっと喉がヒリヒリするんだ」
「えーお大事にね。彼氏も夏風邪ひいたって言っててさぁー」
「じゃあナナちゃん、彼氏に栄養のあるもの作ってあげなくちゃ」
「でしょ! あたしこう見えても料理得意なんだよ」
笑顔が可愛い。彼氏のこと、とても好きなんだろうな。
彼氏かぁ。勉強に恋愛に忙しい、眩しい10代。いいな、素敵だと思う。
この子は1浪。世間は夏休み。一生懸命に用紙を記入するジェルネイルの細い指先を見ながら、青司は本当に、将来どうするつもりなのかと考えずにはいられなかった。



