静かに席を立って、事務室を出た。廊下を進んで、女子トイレに駆け込む。誰も居なかった。個室に入ると鍵をかけて、壁に頭を打った。我慢していた涙が頬を伝う。家でも仕事中でも、泣ける場所なんか無い。ましてや青司の前でなんか、泣けない。職場のトイレでしか、こうやって吐き出せない。
浮気の気配。源也に、他の女の影。
でも、あたしはどうだ。源也を責められるんだろうか。青司と関係を持って、平気な顔をして源也と住む家に帰る女だ。青司を源也が空けた穴埋めに利用している女。
瞬きをすると上睫毛に涙が付く。化粧が崩れる。無表情で流す涙は、頬を伝って口に入ってくる。
なにを、やってるんだろう、あたし。
「……」
トイレットペーパーで鼻をかんで、顔を拭く。ポーチを持ってきたわけじゃないから、メイク直しなんかできない。
水を流して、個室から出る。廊下から生徒の笑い声が聞こえた。鏡に写る顔を見た。少し目が赤いかもしれない。デスクに戻ったら目薬をしよう。それで幾分ましになると思う。
手を洗って、女子トイレから出た。事務室に戻ると、リエちゃんは食事にでも出たのか、居なかった。時計を見ると12:30。あたしも食事しなくちゃ。結局コンビニか。午後の授業が始まってしまう。
お腹、空いてないけど……。
ロッカーに行こうと席を立つと、ポケットのスマホが振動した。画面を見ると、青司から。なんだろう。予定に変更でもあったのかな。
まだ湿っている目をパチパチしてメールを開いた。
「泣くときは、バレないように」
……一瞬、なんのことか分からなかった。もしかしてと思って、受付を振り向く。そこから見える予備校出入口に、背の高い茶色い頭。こっちを見ている。息が止まった。すると、再びスマホが振動する。また、青司からメールだ。
「心配すんだろ」
また、出入口を見ると、青司はまだ立っていて、目が合う。あたしの睫毛はまだ濡れている。視線が合っていたのは数秒だったと思う。青司は長い手を少しだけ上げると、外に出て行った。
……見られていたのか。今晩、会うのにな。参ったな。あたしの顔が泣いた後だっていうこと、気付いたんだ。
下唇を噛んで、腹に力を入れた。そうしないと、また泣いてしまいそうだったから。



