スマホと財布を握ったまま、動けなかった。どれくらい時間が経っただろう。青司はどこに居るのか。東京の、どこに居るの。
ホテルの前でしゃがんで居ると、1台のタクシーがすうっと停車したのが見えた。
降り立つ、背の高い男性の姿。デニムと、黒いパーカーを着て、茶色い頭の。
「……華!」
「青司……」
駆け寄るって来る青司。ああ、青司だ。「crimsonの青司」じゃなくて、あたしの知っている青司だ。
立ち上がって、手を伸ばす。力いっぱいその手を引かれて、抱き締められた。すっぽりおさまって、温かい。
ライブの後、シャワー浴びて来たのかな。ボサボサの頭で、良い匂いがする。
「なにしてんの。風邪ひくだろ」
「だって、部屋ナンバー言うの、忘れて」
「馬鹿」
顔が涙でぐちゃぐちゃになってるよね、きっと。青司はあたしの頬を手のひらで拭ってくれた。鼻水も出てるんだけど、それも拭いてくれる。
「なんだか、青司が遠くに行ってしまいそうで。あたしの知らない青司が増えていくみたいで」
「なんだよ。あたしが居るから大丈夫とか言ってたくせに」
そう。偉そうに言ったけど、知らない面を見ると不安になる。
「大丈夫だけど……大丈夫じゃないの。青司じゃないと、だめ」
「遠くになんか行かないよ」
泣いたりしてたのは青司の方だったのに。仕事抜けて会いに来たりして。ファンに見つかったらどうするつもり?
予備校の中で秘密の恋。そして、青司はきっと有名になる。これからも、秘密の恋。
「なんかあたし達、内緒で会ってばっかりだよね」
「そうだな……と」
すぐそばで着信音がする。握ったスマホは静かにしているし、あたしじゃない。青司がデニムのポケットからスマホを出す。電話が来ている様子だった。
「……マネージャーだ」
ゴメンという表情で、電話に出る。
「はい、はい……そうです。はい、分かりました」
随分と早く電話を終わらせた。
「……戻って来いってさ」
「……でしょうね」



