バームクーヘン

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 半年くらい前だった。青司は受付に落とし物を取りに来た。

 美容室のメンバーズカード。名簿で見て探し、ああ、あの茶色い頭の子かと思った程度だった。そんなメンバーズカードなんて放っておいても良かったんだけれど……クラス担任に連絡をして、受付に取りに来て貰うように頼んだ。

 何度か会話をしたことがあったし、金髪だったり茶髪だったり……容姿の面で日頃から目立ってるし。綺麗な顔をしている。だから、すぐ気付いた。

 カードを受け取りながら、小さく頭を下げてる。その茶色い頭を。髪、ずっとそんな色なのかしら。痛みそうだなぁ。痛むのもあるし、禿げそう。そんな風に思って見てた。

「すみません。ありがとうございます……」

 最後の方は聞こえなくて、ビジュアルのわりに声が小さいなと思いつつ、カードを渡す。

 そう思ってると、受付にぐっと体を寄せて、笑顔を向けてきた。

「彼氏、居るんですね」

 そう言われ、思わず自分の右手を見る。ああ、指輪してるね、あたし。それがふたりの始まりだった。あたしが右手薬指にはめてる華奢な指輪。それを見て、彼氏持ちかそうでないか判断したらしい。

「……どうして?」

「良かったら今度、食事に行きませんか?」

 周りを気にして、小声でそう言ってきた。なんかね、そうだな、たとえば公園で散歩してて、子犬でも見かけたらこういう笑顔になるかもしれない。
 彼氏が居るんだなと確認しておいて、食事に誘うってどういうことだろう。

 偶然にも、受付のまわりには誰も居ない。受付に居て、背中側に居る事務員達に、あたし達の会話は聞こえていないだろう。

「華さん。下の名前は知ってるんです」

 冬だった。暖房は作動していたけれど、冷たい空気が入口から入って来て、青司の大きな目があたしを見ていた。「食事に行きませんか」が「セックスしませんか」に聞こえてしまって。何を考えているんだろうあたしは。最低だしクソだな。
 綺麗な顔の男の子に声をかけられて、いい気になった。それは認める。

 無言で頷いたあたしに青司は、口元だけの笑顔を向ける。整った顔で「わあ、嬉しいな」と言う声、とても良い声だなと体のどこかで思った。

 その時のことを酔った勢いで聞いたことがある。なんで誘ったのかとか、指輪のこと聞いてきたりして、とか。絡んでただけだけれど。

「あれねぇ、カマかけただけだよ」

「……酷くない?」

 面倒臭そうに青司は答えた。ああハイハイ。もう聞きませんから。