噛み付かれた唇を指で拭って、松河先生は眼鏡を直した。
「黙って言うとおりに……」
『お知らせします。松河先生、松河先生。お電話が入っておりますので至急担任室までおいでください』
なんてタイミングだろうか。校内放送での呼び出しだ。助かった。松河先生が舌打ちするのが聞こえた。
「……思わぬ邪魔が入りました。今日のところはお預けです」
「もう、こんなことは」
「またお呼び出ししますので。では」
朝と同じく、何事も無かったかのように、先生は個人面談室を出て行った。あたしを襲おうとしていた熱っぽい楽しんだものではなく、冷めた目をして。
「……ああ」
あたしは腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
どうしたら良いんだろう、これから。別れる? 辞める? でも、勝手なことをしたら松河先生がどういう行動に出るか。なにをされるか分からない。
ポケットのスマホが振動している。硬くなった手でぎこちなく取り出して見ると、青司からだった。
「明日、バイトだから終わったらそっち行くー」
明るい文面が、涙でぼやけた。いますぐにでも、ここに来て欲しい。抱き締めて大丈夫だよって言って欲しい。
「ごめん、明日だめになった。連絡するから」
ぶっきらぼうにそう返信して、スマホを仕舞った。また振動している。きっと青司からの返信だろう。
ごめん。こんな不安定な気持ちのまま、会えない。会ったら、泣いてしまうと思う。そうしたら、心配する。なにがあったんだって、きっと聞かれる。
不安で破裂しそうな胸を抑えた。さっきつかまれた痛みもそこへ混ざってきて、吐きそうになりながら。



