「離してください、アルファス王」

愛世の声は震えていた。

「俺が……怖いか」
 
「……っ……」

諦めて、アルファスはゆっくりと腕を解いた。

愛世は思い切り走った。

脇目も振らずに走ったために、木の枝で身体中に擦り傷が出来た。

けれど立ち止まらなかった。

一方アルファスは、胸が苦しくなり大きく息を吸った。

愛世に女といるところを見られて動揺した。

他の人間ならこうもならなかった。

愛世だからだ。

そう思うものの理由がわからない。

去ろうとした愛世を何故呼び止めたのかも分からない。

アルファスは愛世とのキスを思い出そうとした。

けれどその時の彼女の顔も唇の感覚も、何一つとして思い出せない。

自分で気づいていなかったが、アルファスは切なかった。

****

愛世は足の泥と擦り傷を洗うため、帰って真っ先に風呂へ入った。

風呂から上がって部屋に入ると、なんと明かりもつけずにディアランが腕組をして待っていて、愛世は思わずギクリとした。

「随分遅いな」

ディアランは短くこう言うと、腕を組んだまま愛世を見つめた。

愛世の濡れた髪が月明かりに光り、大きな黒い瞳は後ろめたさに揺れている。

ディアランは、そんな愛世を胸に引き寄せたかったが、グッと我慢して口を開いた。