ディアランにはもう恋人がいる。

彼があの美しい女の人と暮らし、幸せならそれでいい。

呪文のようにそれを心で繰り返した後、愛世はディアランに気付かれないように深呼吸をし、それからニッコリと微笑んだ。

「ディアラン」

澄んだ声で名を呼ばれただけで、ディアランの胸は高鳴る。

「…身体は平気か?」

「お陰さまで……もうすっかり」

たちまち言葉が見つからなくなる。

二人とも胸が張り裂けそうで、互いを見ていられない。

「……じゃあね」

「……ああ」

愛世は会釈し、ディアランの横を通り抜けた。

ディアランはそんな愛世を止めなかった。

一度した決意を覆すような真似はしたくなかったのだ。

それは男らしくない。

愛世はたちまち笑顔が歪み、唇を噛みしめながら歩いた。

痛みに耐えられなくなり、胸を押さえながら部屋に戻ると寝台に突っ伏して泣いた。

恋を知らなかった時は、恋がしたくて仕方なかった。

それなのに、実際の恋がこんなに痛くて辛くて、切ないなんて。

もう許してほしいとすら、愛世は思った。

二人は知らなかったのだ。

時に己の感情を押し殺すことが、恋を破滅的な結末に導いてしまうという事実を。