「柳瀬さん」




ずるい。

私を呼ぶ声が、どうしようもなく優しい。




「足速すぎでしょ、びっくりした」



ずるい。

本題を出さずに、少しでも私の気を紛らわせようと、明るく話す、その優しさが。




「……何で、市原くんなの」



ずるい。でも、いらないの。

そんなの、必要ないの。


優しくなくても良いの、残酷でも、私は……。




「何で、海じゃないの……っ」




私が欲しいのは、たったひとつ。

たった一人だけなの。


優しくて、バカで、真っ直ぐで、過保護な、海だけなの。


市原くんと帰るって走ってきたくせに、心のどこかで追いかけて来てくれると思ってた。

それを期待してた。


なのに……。

バカみたい、自分でも面倒な女だなって思う。