† 村地



お客さんが来たときには元気よく挨拶をしろ。そう櫻さんが教えてくれた。――と思う。たぶん。きっと。絶対。そういうことにしておこう。もしも私が元気よくお客さんに「いらっしゃいませ!」と挨拶をしたとき、「うるさい!」と怒られたら櫻さんのせいにできるから、そういうことにしておこう。愛情表現。上司とのスキンシップ。大事だよね。

そんな風に納得したら、お客さんがいらした。もちろん、元気よく挨拶をする。

「いらっしゃいませっ!」

「いらっしゃいましたあ!!」

「わあっ、うるさい人が来た!?」

「アナタに言われたくない!?」

とてもではないけど、元気よく挨拶する私を上回ってくる人が来るなんて、ドブネズミが六法辞典を携帯しながらチーズについて評論文を書いているくらいありえないと思った。

「あ、でもそれ、すごくかわいいかも。見たいっ」

「いきなり空中を見上げたまま、ひとりで納得しないでちょうだい」

「あっ、いらっしゃいませ!!」

「それ二回目だから!」

「なんと、いいツッコミいただきました!! さくらさーんっ、こちらのかた、いいセコンドになると思います!!」

私は即座にバックへ声を送る。

たぶん返品本の仕分けをしてるか、と見せかけておいてH本の袋とじを破らずに覗いてるかもしれない櫻さんが答えてくれる。

「よし村地、『立て、立つんだジョぉぉぉおおお!』というセリフが似合うかどうかもチェックしておくんだぞ」

「了解しました!」

「待ちなさい! ゴングはまだ鳴ってないわ!」

「なんということでしょう……。ゴングがまだ鳴っていないなんて! あ、でも、ゴング前の軽いジャブは挨拶みたいなものですよね。ドブネズミに六法を持たせる準備もしておこう、うむ」