「アップルパイの誘惑に勝てそうにない…。美味しそう…。」
「じゃあ、食べましょう。」
「うん!」

 小さな白いテーブルの周りにそっと腰を下ろす。

「はい、じゃああーん。」
「っ…大丈夫。自分で食べれんっ…!」

 食べるためではなく、話すために口を開いたつもりだった。その開けた口の中にアップルパイを押し込まれるのは雪姫にとって想定外だ。

「んっ…おいひー…。」
「それはよかった。」

 ぐっと距離を詰めてきた洸に、そっと目を閉じた。これはもはや合図でしかない。

「…ご馳走様。」
「いっつも洸は…何か食べてるあたしに…キスする…。」
「だって雪姫が可愛すぎて抑えがきかなくなるんですよ…っん!?」

 お返しにとばかりに洸の口にアップルパイを押し込んだ。唇に残ったパイのかけらを啄んで、そのままそっと自分の方から唇を重ねた。

「雪姫の方から…なんて、珍しいですね。」
「クリスマス、だからね。アップルパイの誘惑に負けた。」
「僕よりアップルパイの方が魅惑的ですか?」
「…難しい質問。」
「即答で僕を選んでほしいところですけどね。悔しいので…。」

 再び重なった唇。甘いのは洸だからなのか、アップルパイのせいなのかよくわからない。

「っ…洸!」
「…っ…な、んですか?」

 唇が甘く、深く重なっていく。離したがらないのはきっと、洸だけじゃない。

「…ストッパー…壊れてない?」
「壊したんですよ。だってクリスマスですから。」
「お、お母様ー!助け…。」
「助けは来ません。雪姫の王子様は僕でしょう?」

 にこっと笑う様が完璧に王子様だ。つまり今年のクリスマスは最初から王子様の“罠〟

「アップルパイは媚薬?」
「どういう意味です?」
「…いつもより、洸がかっこよく見えるから。」
「それじゃあそういうことにしておきましょうか。クリスマスイブは始まったばかりです。ね、雪姫?」

*fin*