「天内君」
門川君はあたしの真ん前まで近寄り、立ち止まった。
あたしは顎を引き気味にして彼を見る。
逃げ腰のあたしに対して、彼は真っ直ぐにあたしを見ていた。
その、なんのわだかまりも感じられない視線が、あたしには余計に辛い。
やっぱり門川君は、この状況を何とも思っていないのかな?
あたしが誰かと結ばれても、全く平気なのかな?
・・・・・・悲しい・・・な。
「権田原へ行くそうだね」
「・・・うん。このままだと結婚させられちゃいそうだから」
「そうか。それほど嫌ならば、君の意思を尊重するよ」
門川君は、他にも何かを言いたそうな表情をしてる。
意を決したように口を開きかけたけど・・・
難しい顔をして、また黙り込んでしまった。
不可解な疑問が自分の胸の中にあるけれど、うまく整理できない。
そもそも、疑問自体をよく理解できていない。
・・・そんな印象だった。
小さな頃から、他人とまともに接触することができないまま育った門川君。
人の気持ちどころか、自分の気持ちさえ分からない。
心は未熟で幼くて、今、ようやく成長し始めているのに。
いつも成熟した大人としての責任と行動を、当然のように周りから要求されてしまう。
だから彼は自分の事より、門川の、世界の利益を優先させてしまう。
当主とは、そうあるべきだと強く自分をいさめている。


