「岩!」
セバスチャンさんがお岩さんの元へと一目散に駆け寄った。
ガレキの山を軽々と踏み越え、茫然自失のお岩さんの前にひざまづく。
そしてお岩さんの体を、息が止まりそうなほどギュッと抱きしめた。
「岩! 岩! 岩!」
黒い燕尾服の背中が、余裕のない声が、狂おしく揺れている。
そんな彼の肩越しに、呆けたお岩さんの目が見えた。
その目に、だんだん意思の光が戻る。
「遥・・・峰・・・」
長いまつ毛が震え、両目が涙で潤んでいく。
抱き締められている実感を確かめるように、お岩さんはゆっくり目を閉じた。
目尻から、透き通った涙がつうぅっと零れ落ちる。
「遥峰・・・」
ダランと垂れていた白く細い腕が、黒い大きな背中に回った。
お岩さんもセバスチャンさんを抱きしめる。
「遥峰、遥峰、遥・・・」
ギュッと眉を寄せ、思い切り閉じた目から、次々と涙が流れる。
愛しい人の名を呼ぶ声が、涙声になり、すすり泣きになり、やがて・・・
「う・・・わあぁぁーーー!」
ボロボロと涙を流し、大声で泣くお岩さんは、まるで幼い子どものようだった。
理屈も何もかもを超えた、心の奥底から湧き上がる、抗えない衝動。
そして彼女は改めて思い知る。
自分にとってこの世で誰が一番、大切なのか。
そして何を一番、大切にしなければならないのか。
愛しい人に強く強く抱きしめられながら、彼女は自分の心に深く刻み込んだんだ。
あたしはそんなふたりの姿を、離れた場所から静かに見つめていた。