戌亥を見下ろす長さんに、表情は無かった。
紙のように白く血の気が失せた顔で、じっと戌亥を見ている。
戌亥の背中からは、ドクドクと音が聞こえんばかりに流血していた。
よほどの力を込めてナイフを突き刺したんだろう。
「お、ば、あ・・・さま・・・?」
ポカンと開かれた戌亥の口は、そればかりを繰り返した。
『信じられない』
大きく見開かれた彼の両目がそう語っていた。
この世で最後の砦。
この人だけは、何があってもどうなっても。
きっと最後の最後には、自分の味方でいてくれる。
信じていたその人が・・・。
周囲は、今までの喧騒が嘘のようにシンと静まり返っていた。
何をどう反応すれば良いのか分からず、凍ったように全員がその場に立ち尽くしている。
静けさの中、スッと長さんが身を屈め、戌亥の背に刺さるナイフの柄に手をかけた。
抜くのだと、誰もが思った。
―― グッ・・・!
力を込めて、長さんは更に深く背に突き刺す。
戌亥の上半身が軽く反り返り、両目が限界まで見開かれる。
「お・・・ば・・・あ・・・」
吐息なのか、声なのか、聞き取れないほどの音をノドから出して。
最後の力を振り絞り、戌亥は首を起こして祖母の貌を見た。
そしてやっぱり、同じ言葉を繰り返す。
「おばあ・・・ちゃ、ん・・・・・・」
ボタボタと、声と一緒に口から血があふれ出た。
焦点のぼやけた彼の両目に涙がどぉっと盛り上がる。
ボロリ、ボロリと、ふた筋の涙が頬と鼻筋を伝って落ちて・・・
トンッと力が抜けたように、あっけなく頭が地に伏せた。
戌亥は、祖母に背中を刺されて、絶命した。


