「天内君を・・・」
門川君が、苦しげにつぶやいている。
自分自身の深淵と対峙するかのような、物憂げな表情で。
「僕は、彼女を、独占したい」
―― トクン・・・
彼を見上げるあたしの心臓が、小さな音をたてた。
いつの間にか宙を飛び交う氷柱の雨は止んでいた。
鼓膜も凍るような冷気の中で、キンと鳴り響く空気の粒のような、小さな彼の声。
静寂な洞窟の中で、白く煙るお互いの呼吸の音。
そのふたつの音階だけが、不思議なほどあたしの体の中に積もっていく。
彼はあたしの目の前で、コトン、コトンと、静かに言葉を紡いでいく。
「彼女の事が大切なのに、彼女の為を思えない・・・」
あの男と結ばれる事が、彼女の利益になるのは間違いない。
このままでは途絶えるしかない運命の天内の血を、救うための唯一の方法。
そうすれば、失われた仲間を彼女は手に入れられる。
復活した神の血族の祖として、揺るぎない地位も手に入れられる。
現世の人間として、人々から侮蔑され続けてきた彼女。
その辛い日々から、やっと、やっとの事で救い出してやれるというのに・・・。
「僕は彼女を、彼のものにしたくなかった・・・」
それは彼の人格を信用できないからだ。
だから僕は、大切な彼女を彼に任せたくないんだ。
そう思った。そう思おうとした。


