「天内の娘、さあ、こちらへ」
立ちすくんでいると、最前列の方から因業ババの声が聞こえた。
こちらへって言われても、人が多すぎてババがどちらなんだか、よく分かんないんですが?
ちょっとババどこよ? あんた埋もれちゃってるよ。
「天内君、僕の前まで来たまえ」
門川君の、良く通る涼しげな声が聞こえた。
広間の最奥、特別あつらえの高座。
そこに、当主である門川君が座っている。
その姿を見てあたしはホッとした。
いつもと変わりない、ピンと伸びた背筋。
澄んだ冬の朝のような、清涼な顔立ちと雰囲気。
いつも通りの美貌が、まっすぐにあたしを見ている。
・・・彼が、ここにいる。
なら、なにも怖い事なんて無いや。
あたしたちは、『そばに居れば、無敵』だもん!
ついつい緩みそうになる口元を引き締める。
そしてあたしは、絹糸としま子と一緒に前に進んでいった。
高座の前に正座して、ひょこんとお辞儀をする。
門川君、お待たせ。あたし、来たよ。
「天内の娘よ、よう参った」
ババの気取った声が、斜め後ろから聞こえて来た。
あんたに会いに来たんじゃねーよ。
と心の中で毒づくあたしの耳に、ババの不愉快な声が続けて聞こえてくる。
「呼んだのは他でもない。私がお前に、非常な吉報を持ってきてやったのだ」