あなたたちの頭の中に、少しでもあるの?
暗い押し入れの中で泣いている、お岩さんの涙のことが。
里の当主として、不本意な結婚を受け入れるしかない、哀れな彼女のことを・・・。
―― バーーーーーンッ!
鼓膜をつんざく鋭い音がして、押し入れの戸が開いた。
そして中からお岩さんが飛び出してくる。
あぁ、お岩さん可哀そうに。さぞ悲しみに泣き濡れているだろう。
・・・と、胸を突かれる思いで彼女の顔を見たあたしは・・・
ギョッとして固まった。
泣くどころか・・・。
お岩さんの顔は怒りで真っ赤に染まり、般若のお面のように変貌していた。
「はぁるぅみぃねぇぇぇーーー!」
般若の絶叫。まさに、鬼女。
源氏物語に出てくる怨霊の『六条御息所』ってこんな顔!?
うわー、お願い迷わず成仏して!
『お岩さん』ってだけで充分怪談なのに、このうえ六条御息所にまで出てこられたら・・・
もう、最凶! 打つ手なし!
お岩さんは鬼の形相で大きく右手を振り上げ、反動をつけて振り下ろす。
まるでピッチャーの投球フォームを見ているようだ。
そして加速のついた右半身全体で、セバスチャンさんの頬を思いっ切り張り飛ばした。
―― バッシィィーーーン!
う、うわ! あれ、ぜったい痛い!


