「こはる」



それは、綿菓子のように甘く、口の中で溶けていく心地よい呼びかけだった。


ふわり、と優しく頭を撫でられる感触に私はくすぐったさで、ん、と声を漏らした。一度は止まったその手も、また優しく撫ではじめる。



ふああ、と小さうあくびを漏らしながら、私はその心地よい体温から体を起こす。
ごしごしと目をこすって、ぼやける視界で見てみると、透き通るような綺麗な黒色の瞳が、じっとこちらを見ている。


「おはよ」

「……おはよ、ござ、……は!?」



一気に覚醒。

私はばっと身体を起き上がらせ、ポケットに忍ばせていたスマホの電源を入れ、時計を見る。時刻は4時半。とっくに授業が始まり、いやもはや終わっていることに、私は愕然とした。
どうしよう、思いっきり授業さぼっちゃったぞ、私!

頭を抱えて、うんうんうなる中、彼は、特に気にしたような様子は見せず、あっけらかんとしていたが。


「起き掛けなのに元気だね」

「誰のせいだと!?」

「俺のせい」

「自覚があるだけ一層タチが悪いわ!」

「どっちかっていうと、先に寝たのこはるだから」


はあ、と小さくため息をついて呆れたように目を細める。

うわ、私……思いっきり爆睡してしまったのか……。
しょんぼり、と肩を落とす。


「何をそんなに落ち込んでるわけ?」

「私数学やばいのに……ああ……どうしよう……。後で恭ちゃんに教えてもら、むぐ」

「はい、だめ」


彼は私の口をその手で押さえつけると、むすっと口を尖らせて、眉を寄せる。


彼は、私とふたりきりの時だけ、こはると呼ぶ。

どうして二人きりの時だけなのかと、この前尋ねたら、彼は少しだけ頬を赤くして、だって恥ずかしいから、と言って見せた。そんなところも、かわいいけれど。