「お前の用と言うのは行方知れずになっているという娘の事だろう」
「それだけじゃないわ。鈴ちゃんに言われたの。かあさまをここから動かした方がいいって。父上に頼もうと思って」
「まだ聞いていないのかい?」
「何を?」
「いや……」
言いよどんだ兄は、一つ深く息をついて脇息に寄り掛かった。
「そうか、まだ聞いていなかったのか。けど時を経ずしてお前の耳にも入るだろう。ゆら、落ち着いて聞くんだよ。志乃の方が今朝姿を消された」
「!」
「うち、気になったから、もう一回部屋の様子見に行ってん。そしたら、えらい騒ぎになっててん。お方さまがいなくなったあって」
「……いなくなったって……。かあさま、いったいどこに……」
「それを、ゆら、お前が鈴と探し出すんだよ」
わたしが、鈴ちゃんと。
かあさまを探し出す。
絶望の淵に陥りそうになっていたゆらを、政光の言葉が引き上げた。
「鈴が志乃の方の部屋で妖の気配を感じたと言っている。おそらくは妖の仕業だろう。街で娘たちがいなくなっているのと同じでね」
「待って、おにいさま。街でいなくなったの、柳生のおしずさんだけではないの?」
「これはあとで詳しく聞きなさい。まずは、ゆら。これをご覧」
言うと、政光は畳の上にばさりと紙を広げた。
「これは、ここ最近で行方知れずになった娘たちの家のある場所だ。見て分かるように、ここ、本所深川を中心とした円心上に広がっている」
言いながら政光は閉じた扇子でとんと永代橋の近くを指し示した。
「本所深川……指南道場のある所だわ」
「柳生の娘御が最初だ。それを皮切りに、次々とそのような報告が奉行所の方に入っている」
「でも、にいさま。それが、どうして妖の仕業だと分かるの?」
「陰陽師がそう答えを出した」
「でも」
ゆらは鈴を見た。
鈴は少し退屈したのか、ゆらの横でとぐろを巻いていた。
「鈴ちゃんの旦さんはまだ江戸には来ていないのでしょう?」
「陰陽師は鈴の旦さんだけではないよ」
「江戸にもいるの?」
「お前の目の前にいらっしゃる」
ゆらは瞠目し、大きな丸い目をさらに大きくしたまま顔を向けた。
「おじいさま……?ううん、だって、おじいさまは」
「旦さんの、おっしょさんや~」
とぐろを巻いていたはずの鈴が嬉しそうに弾んでいる。
「おっしょさん?お師匠さん!?」
ゆらの目はもう元の大きさには戻らないのではないかと思うくらいに見開かれていた。
水戸で過ごした日々の記憶には、いつもおじいさまがいた。
おじいさまがいてくれたからこそ、ゆらは水戸での生活に不安を覚えることなく過ごせたのだ。
「だ、だって、おじいさまは水戸の……」
「詳しく話していたら日が暮れてしまうよ。それは事が片付いてからだ。ゆら、鈴とお行き。きっと深川に何かある」
「おにいさま」
「無事を祈っているよ」
「わたしに何が出来ると」
「何が出来るのかと考えていては足は止まってしまいましょう」
「おじいさま」
「期せずして、わしの弟子が参る。難しいことは弟子に任せ、ゆらさまは母君さまをお救いすることだけを考えなされ」
「宗明」
政光が襖の向こうに声をかけた。
すると静かに襖が開かれた。
「三郎太!」
いつから、そこにいたのか。
襖の向こうには宗明が座していた。
「ゆらを頼む」
「はい」
宗明がゆらに視線を向けた。
「清水宗明。命に代えてもお守りいたします」
「それだけじゃないわ。鈴ちゃんに言われたの。かあさまをここから動かした方がいいって。父上に頼もうと思って」
「まだ聞いていないのかい?」
「何を?」
「いや……」
言いよどんだ兄は、一つ深く息をついて脇息に寄り掛かった。
「そうか、まだ聞いていなかったのか。けど時を経ずしてお前の耳にも入るだろう。ゆら、落ち着いて聞くんだよ。志乃の方が今朝姿を消された」
「!」
「うち、気になったから、もう一回部屋の様子見に行ってん。そしたら、えらい騒ぎになっててん。お方さまがいなくなったあって」
「……いなくなったって……。かあさま、いったいどこに……」
「それを、ゆら、お前が鈴と探し出すんだよ」
わたしが、鈴ちゃんと。
かあさまを探し出す。
絶望の淵に陥りそうになっていたゆらを、政光の言葉が引き上げた。
「鈴が志乃の方の部屋で妖の気配を感じたと言っている。おそらくは妖の仕業だろう。街で娘たちがいなくなっているのと同じでね」
「待って、おにいさま。街でいなくなったの、柳生のおしずさんだけではないの?」
「これはあとで詳しく聞きなさい。まずは、ゆら。これをご覧」
言うと、政光は畳の上にばさりと紙を広げた。
「これは、ここ最近で行方知れずになった娘たちの家のある場所だ。見て分かるように、ここ、本所深川を中心とした円心上に広がっている」
言いながら政光は閉じた扇子でとんと永代橋の近くを指し示した。
「本所深川……指南道場のある所だわ」
「柳生の娘御が最初だ。それを皮切りに、次々とそのような報告が奉行所の方に入っている」
「でも、にいさま。それが、どうして妖の仕業だと分かるの?」
「陰陽師がそう答えを出した」
「でも」
ゆらは鈴を見た。
鈴は少し退屈したのか、ゆらの横でとぐろを巻いていた。
「鈴ちゃんの旦さんはまだ江戸には来ていないのでしょう?」
「陰陽師は鈴の旦さんだけではないよ」
「江戸にもいるの?」
「お前の目の前にいらっしゃる」
ゆらは瞠目し、大きな丸い目をさらに大きくしたまま顔を向けた。
「おじいさま……?ううん、だって、おじいさまは」
「旦さんの、おっしょさんや~」
とぐろを巻いていたはずの鈴が嬉しそうに弾んでいる。
「おっしょさん?お師匠さん!?」
ゆらの目はもう元の大きさには戻らないのではないかと思うくらいに見開かれていた。
水戸で過ごした日々の記憶には、いつもおじいさまがいた。
おじいさまがいてくれたからこそ、ゆらは水戸での生活に不安を覚えることなく過ごせたのだ。
「だ、だって、おじいさまは水戸の……」
「詳しく話していたら日が暮れてしまうよ。それは事が片付いてからだ。ゆら、鈴とお行き。きっと深川に何かある」
「おにいさま」
「無事を祈っているよ」
「わたしに何が出来ると」
「何が出来るのかと考えていては足は止まってしまいましょう」
「おじいさま」
「期せずして、わしの弟子が参る。難しいことは弟子に任せ、ゆらさまは母君さまをお救いすることだけを考えなされ」
「宗明」
政光が襖の向こうに声をかけた。
すると静かに襖が開かれた。
「三郎太!」
いつから、そこにいたのか。
襖の向こうには宗明が座していた。
「ゆらを頼む」
「はい」
宗明がゆらに視線を向けた。
「清水宗明。命に代えてもお守りいたします」


