姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】

「今夜から、うちはあんたと一緒に行動する。かと言って、四六時中傍にいるわけやないけどな。あんたが城の外に出たいなあ思たら、この鈴を振るんや。そしたら、うちが迎えに出てきたる」

 鈴はどこから出したのか、小さな“鈴”をゆらの手の平にコロンと落した。

 チリンと儚げな音がした。

「それから、これ。これは、あんたの身代わりになってくれる紙人形や。これにな、あんたの息をちょっと吹きかけてみ。そしたら、もう一人のあんたが部屋で留守番しといてくれる。どや。便利やろ」

 鈴は人の形に切られた紙人形を数枚ゆらに渡した。

「これが身代わり……」

「息吹きかけんかったら、ただの紙やで。忘れたらあかんで」

「うん。分かった……って、鈴ちゃん。どうして、こんなものをわたしに?」

「うちの旦さんからの預かりもんや。心して受け取り」

「うちの、旦さん?鈴ちゃんの旦那さん?」

「まあ、旦那さん言うたら旦那さんやけど」

 旦さんの話になった途端、鈴の歯切れが悪くなった。

「うちはそらもう、いつ嫁に行ってもええ思うくらい旦さんが好きやけど」

 もじもじと身をくねらす様は、どう見たって恋する乙女のそれだった。

 ゆらはふむふむと頷きながら、そんな鈴の次の言葉を待っている。

「いかんせん旦さんは人間やし、なかなか思うとおりにいかんのや」

「ふうん、大変なんだね」

「旦さんかて、鈴が一番や言うてくれてるし、お互いその気になればいつでも大丈夫なはずなんや。けどな。うち
は猫で、旦さんは人間。恋の神さまもほんま罪作りやで」

「わあん。鈴ちゃんかわいそう!」

 もし宗明がこの場を目にしたなら。

 こめかみを押さえながら、何も言わずにそっと踵を返したことだろう。

「その鈴ちゃんの大切な旦さんは、どうしてわたしのことを知っているの?」

 ここで初めてまともなことを尋ねたゆらに、鈴はふんと鼻を鳴らすと、

「それはうちからは言われへん。おいおい旦さんが教えてくれるやろ」

「じゃあ、わたしも旦さんに会えるの?」

「そら会える。そのために旦さんはわざわざ東下りしはったんやから」

「……旦さんて、何者?」

 仏の法力を授かった猫の主人である旦さん。

 紙人形を形代に使う旦さん。

 会ったこともないゆらのことを知っている旦さん。

 思えば思うほど不思議な人に思えてくる。

 すると鈴がにやりと笑った。ような気がした。

「うちの旦さんはなあ、当代一の陰陽師や。帝の覚えもめでたい、すんごいお方やで」 

 そう言って、誇らしげに胸を張った鈴。

 もふもふの腹毛が柔らかそうにふんわり広がった。