「でも、わたしがいないとアレに気付けないかも」

「俺は河童と友達になるような人間だよ。きっと不可思議なことには縁がある」

「……」

 新之助とて自信などなかった。

 だからと言って、ゆらの同道を許して万が一のことがあれば、自分はきっと深く後悔する。そう思えばこそ、はったりも必要だった。

 それでも、ゆらは不満そうに唇を尖らせている。

 新之助はその可愛らしい表情に自然と笑みが零れそうになるのを、顔を逸らすことで隠そうとした。

 障子戸が僅かに開いた隙間から、暮れなずむ空の切れ端が見えた。

「もう暗くなる。そろそろ帰ったほうがいいね」

 日が一番長い時期の宵の口である。

 もうすぐ暮れ六つ(七時頃)になろうかという刻限だろう。

「どうりで、おなか空いたと思ったんだ」

 言いながら、ゆらは懐から団子の包みを取り出した。

「いつでも美味しい玄さんの団子」

 妙な節回しで歌いながら、ゆらはもう一本を手に取ると、新之助に差し出した。

「はい。どうぞ」

「いや。どうぞって」

 思わず腰の引けた新之助に構わず、団子を手にした腕を、さらにもう一段前に突き出すゆら。

「美味しいよ?」

「美味しいのは分かってる。けど、今はいい……よ」

 「いいよ」と言いながら、新之助は身をよじった。

 彼の突然の動きに、ゆらは団子を頬張ろうとした大口を開けたまま固まった。

 障子戸が音を立てて開け放たれたかと思うと、乏しい行燈の灯りにキラリと何かが閃いた。

 ガッという鈍い音がして目を凝らせば、新之助が腰の刀を鞘ごと抜き、障子戸の向こうから繰り出された白刃を
受け止めていた。

「いきなり斬り付けることはないんじゃないっすか?」

 緊迫したこの場の空気にそぐわない軽い口調で言って、新之助は相手の太刀を受け止めながら肩をすくめた。

「ゆらさまを家に引っ張り込んでおいて、よく言う」

「んげっ」

 相手の発した声を聞いて、ゆらはせっかく口に入れた団子をぽとりと土間に落としてしまった。

(ああ、もったいない……)

 涙目になりながらも、このあと、もっと泣かなければならない展開になることを感じて、さすがのゆらも団子を諦めざるを得なかった。

「とりあえず刀を納めましょうか」

 新之助はどこまでも冷静だった。

 障子戸の向こうにいる宗明とて、ゆらからすれば落ち着いているように見えた。

 いきなり斬り付けたにしては。

「ゆらさま。こちらに」

 目は新之助を見据えたまま、宗明が出した声は普段よりも幾分低かった。

 見た目は落ち着いているようでも、腹の中は煮えくり返っているらしい。

 ゆらは恐々として立ち上がり、二人が未だ切り結んでいる太刀と鞘の下をかいくぐって外に出た。

 背の高さは同じくらいの男たちだ。

 ゆらは腰を屈めることもなかった。

 間口の狭い長屋の入り口でよく太刀を抜けたものだと思うが、そこはそれ、手練れの二人だ。何とでもやりよう
はあるのだろう。