姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】

 こうして市井に交わり、いろいろなことを経験して行くうちに、少しずつでも物事のもっと奥、人の意図している表に出てこない領域というものにまで思いを致すことができるようになるなら、それはもう十分過ぎるというものだ。

 が、そこまで高望みしてしまうと自分自身がしんどくなりそうだと思う。

 多分に性分によるところもあるのだから、短慮は短慮なりに、言いかけた言葉をもう一度咀嚼してみるとか、相手の気持ちを慮った言動を心掛けるとか、そう言ったことを気を付けていた方が、ゆらには合っているように思われた。

 ゆらがうじうじそんなことを思っている間にも、目の前に立つ新之助はいろいろと策を巡らせていたようだ。

 障子戸にもたせかけていた体をつと動かし、長い指をこめかみに当てた。

「そのゆらさんの感じた違和感ていうのは、柳生の人たちは感じていなかったわけだよね」

「うん、多分……。おしずさんもちらっともそちらを見ることはなかったし。でも、もし気付いていて、隠したい事であったというなら分からないけど」

「隠したい事?」

「うん。家の中で物の怪の気配がするだなんて、普通あまり人に知られたくないことだと思うんだ」

「なるほどね。でも、あの人達のゆらさんとの関わり方を見ていると、気付いていたとしたら、少しでもゆらさんを遠ざけよう、屋敷に立ち入れさせないようにしようとすると思う。黙っていて、もしゆらさんに危害が及ぶようなことになったらって、まず考えると思うんだ」

「……」

「それだけ、柳生の人たちはゆらさんを大切に扱っていたように、俺には見受けられたけどね」

「……うん。きっと、そうだと思う」

 ゆらの立場・身分を思えば、柳生家の面々が、そのような奇異を放っておくはずはない。

 それは、ゆら自身にも分かることだ。

「その違和感に気付いていたのは、ゆらさんだけだろう」

 新之助はそう断言した。

「じゃあ、どうするの?」

「明日、道場に行って見るよ。無断欠勤のことも詫びねばならないし……」

「そうだね。分かった。じゃあ、明日は道場で会いましょう」

 すると新之助はにっこりと微笑んだ。

 まるで邪気のない笑顔に、なぜかゆらの心臓が一跳ねした。

 ばくばくとうるさいくらいに騒ぐ心の臓に首を傾げながら、ゆらは新之助の笑みの意味を図り兼ねている。

「ゆらさんは来ない方がいい」

「ど、ど、どうして?」

「俺、あのお付きのお侍に斬られたくないからさ」

 にこやかな笑顔で物騒なことを言った新之助に、ゆらはなんとも言えない表情で答えた。

 その気持ちは良く分かる。

 かの御仁のいざという時(それは多分にゆら絡み)の短気は、ゆらも身を持って知っているからだ。

 新之助にとっても、先日の初対面での手合わせという印象深い出来事があるだけに、なるべくならあの侍とは対
峙したくない。

「で、でも黙ってれば……」

「黙ってれば大丈夫とか、そういう問題ではなくって、そもそも自分の仕える人間が身に危険の及ぶようなことに関われば、ああいう人は腹に据えかねるでしょ?」

「そう、なのかな……」

 仕える人間と仕えられる人間ということで考えれば、新之助には仕える人間の心理のほうが分かりやすい。

 特に主人がこのように頼りない少女であったなら、心を尽くしても尽くし過ぎることはないように思われた。