姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】

 新之助の考えを聞きながら、ゆらは「神隠し」という言葉がずっと頭に引っかかっていた。

 以前おしずの部屋で見た、あの黒い霧のようなモノ。

 そして、ゆらの寝所に現れた物の怪。

(あれは、わたしを見て、『見つけた』って言ったんだ)

 あれ以来ゆらの前には現れないけれど、もし、あれがおしずの事も狙っていたのだとしたら……?

 でも、それはあまりに漠然とした推測であり、ゆらは新之助にその事を告げる勇気を持てなかった。

 曖昧なことを言えば、きっと捜索に支障をきたす。

(あの物の怪と、おしずさんとは全く関係ない可能性の方が高いもの)

「……さん。ゆらさん?」

 名前を呼ばれていたことに気付かなかった。

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」

「何?おしずさんのこと?」

「う、うん。でも、きっと間違いだから。わたしの考えてることなんて、間違ってるよ」

「ほら。また、ゆらさんの悪い癖だ。言いたいことがあるならちゃんと言ってよって、俺、前に言ったよね?」

「そう、だけど……」

 けれど、これを話したところで、新之助は信じてくれるだろうか。

 いや。きっと新之助は信じてくれるだろう。

 信じて、そして、危険な事にも迷わず突き進んでいくだろう。

 新之助がそのような男であると、ゆらは本能で悟っていた。

 俯いてしまったゆらを見て、新之助は小さく息を吐くと「もう、本当に暗くなったよ」と呟いた。

「そろそろ帰った方がいい」

「……」

「ゆらさん。俺も新しい勤め口に行っても、おしずさんの事は気にかけて探すから」

「風間さん」

「ん?」

「こんな往来では話しにくい事なんです。だから」

 何処か落ち着ける場所で……。

 新之助は立ち止まると、いつになく真剣な表情のゆらを見た。

「思っている事を包み隠さず話してくれる?」

「うん。おしずさんの事を思えば、きっとそうした方がいいと思うから。何も言わないでいるのは楽だけど、で
も……」

「分かった。じゃあ、俺の家に行こう」

「か、風間さんのおうち!?」

「ああ。何もないけどね。ゆらさんの好きな団子も」

「あ、それなら大丈夫。常備してるから」

 そう言うと、ゆらは得意げに懐から団子の包みを取り出した。

「そ、そうか。なら、いいね」

 いつでも出てくる団子に戸惑いながら、新之助は広小路の方へと戻る為に踵を返した。

 ゆらもそれに続く。

(明日には引き払う家だからね)

 だから他人を案内する気になった。

 そうでなければ、自分の懐に呼び込むようなことはしなかった。

 それは、ゆら以外の人間でも同じだ。

(本当に?本当に、ゆらさんじゃなくても家に呼んだだろうか……)

 そんな思いがふと新之助の頭を過ったが、考えても詮無い事だとすぐに頭から追い出し、隣を歩くゆらの横顔に目をやった。

 まだ難しい顔をしている。

(ゆらさんでも考え込むことあるんだな)

 彼女が聞けば怒るだろうか。

 自然に笑みになる己に気付かないのか。

 新之助は長屋に着くまでの間、そんなゆらに視線を送り続けていた。