「一人で浮かれて……馬鹿じゃないの……」


誰もいない美術室、――

私はひとり突っ込みながら、水道の水をバシャバシャ出しっぱなしにして筆に付いた絵具を丁寧に落としていく。


あれはあれでいい夢見させてもらったんだよね。

だって……。

藤木くんと話すことなんて絶対なかっただろうし……うん、―― そう、思わなきゃ。


使用したイーゼルを教室の後ろに移動させて。


よし、と、――。もう帰ろうかな。


道具を入れたパンパンに膨らんだスクールバッグを手に振り返った瞬間だった。


―――――!!


イクラが教室の入り口近くに並べてある机の上に立っていた。


『みーこーとっ』

「ひっ……」


焦って振り回した左手がバタバタとイーゼルを倒してしまい

「……いっ…っ」

その甲斐なく派手に尻餅をついてしまった。


『うわっ』


驚いた声をあげ、イクラは机から机へとぴょんぴょん跳ねるように近づいてくる。


『だいじょうぶ??』

「い、イク……ラ??」

『みこと、おしりうったの??」


イクラは床に倒れ込んだ私を机の上から心配そうに覗き込んでいた。


「えっ??」


―― 教室に、桜……??


ふわりと舞う薄桃色の花びらに目を奪われて、思わずそっと手を伸ばす。

よく見れば、イクラのくりくりとカールした頭の上にも、ちょっと汚れた体操服の肩にも、ピンクの花びらが乗っている。


桜なんて、随分と前に散ってしまったのに。