今宵、桜の木の下で


「あ、あちこちに……」

「じゃ、いろいろと見ててもいい?」

「うん、いいよ。みんなのもあるし」


教室の奥に立てかけてあるパネルや、イーゼルに置かれた絵を藤木くんはゆっくりと見て回る。


「美術室って独特の匂いだね」


胸像の前に立ちながら、藤木くんはポツリと呟いた。


「でも、嫌いじゃないな」


私に言われたわけじゃないんだけどな、やっぱりちょっとドキドキする。


勘違いしないの、―― 。

どれだけ自意識過剰なのよ、もう。


鉛筆をしまって、机を拭きながら藤木くんの動きをこっそりと観察した。


ああ、――。

やっぱり、こんなのってありえない。

自意識過剰になったって仕方ないよ。


だって、―――。

美術室に、藤木くんがいる。


「終わった?」

「うん」

「じゃ、帰ろうか」


やっぱり、一緒に帰るんだっ。


美術室の戸締りをして職員室に鍵を戻しに行く途中、私は勇気を出して訊ねてみた。


「あの、藤木くん、――
何か私に用があったんじゃ……?」

「用事?」

「だって、―――」

「用事なんてないよ。もう少し入江と話がしたいなあって思っただけ」

「わ、私、――??」

「駄目だった?」

「だ、駄目じゃないけどっ」


廊下が薄暗くて良かった。

もう自分が真っ赤だってわかる。全ての血液が頬に集中してしまったように熱い。


ど、どうしよう……。