「そう…だよね。他人に頼んでいいことじゃ、ないよね」

他人という言葉が妙に突き刺さって、チクリと痛んだ。
そして思った。
彩愛さんと湊は、本当は家族なんかじゃないんじゃないかと。

他人にも姉弟にも家族にもなりきれない関係を持て余して、与えられた役職に必死でしがみついて、それでも無くしたくないと引き留める術を必死で探している。そんな風に私には見えた。

「私、あなたが嫌いです」

自分の代金分の小銭をテーブルに置いて私は席を立つ。何かを言いかけた彩愛さんを振り返ることなく私は店を後にした。

『ごめんな、本当はお前のためなんかじゃないんだ』

湊に言われたわけじゃない。
だけど湊の声で誰かが私にそう囁いた。
その声を聴きたくなくて私は両手で耳を塞いだ。
私の頭の中でだけ響く声なのだから、そんなことをしたって意味はないと分かっていながら、それでもそうせずにはいられなかった。

あの日湊から言われた「ごめん」をこんな形で解釈したくなかった。
私は知らなければいけない。
そうじゃないと私はあの日、「私」を世界から解放してくれた彼さえも恨んでしまう。

「苦しいよ…」

息が、うまくできない。
呼吸の仕方が分からなくなって、酸素を求め喘ぐ。
だから陸上なんて嫌い。

「湊…」

心の中が滅茶苦茶にかき乱される。
悲しいのか、悔しいのか、辛いのか、痛いのか、それらが全部合わさっているのかなんて、私にだって分らない。

それでもひとつだけ分かっているのは。

「会いたいよ」

関係ないと言いながら、それでもまだ私は彼を探そうとしている。
湊に会えたら、この気持ちの名前が分かる気がした。