「まあ、確かに、ずいぶん都合のいい話ではあると思ったが」
ひとりごとにかぶせるように、朝子の声が耳に入る。
「べつに、ありえないことじゃないんじゃないか」
「え……」
絵筆を止めて、わたしは朝子を見た。
それまで黙っていた彼女が、参考書から目を上げないまま続ける。
「奈央が高槻礼央から本気で告白される可能性。あの時点ではゼロじゃなかった。この世に絶対なんてないからな」
でも残念ながら、本気の告白ではなかった。
わたしが黙ると、朝子の手が止まった。切れ長の賢そうな目が、すっと前を向く。
「おもしろいな」
めったに表情を変えない彼女が薄く笑って、わたしはすこし驚いた。
「おもしろいって、なにが?」
ざわざわと騒がしい周囲の音に埋もれるように、彼女はそっけなく言う。


