兄に殴られた男の子を助けた覚えはあるけど、
そのときに自分が言ったセリフも、その男の子が高槻くんだったということも、
記憶の彼方に消え去っていた。
「同じ小学校にいるって気づいたときに、声をかけてればよかった」
どうしても勇気が出なかったんだと、高槻くんは悔やむようにつぶやいた。
「俺、そのあとまたすぐ引っ越すことになって、小塚に話しかけられないまま転校したんだ」
だから高槻くんは、その後の暗いわたしを知らない。
それから何度か新しい町で暮らして、そして高校生になったと同時に、
高槻くんはまた家族と一緒にここに戻ってきた。
「まさか、同じ高校にいるとは思ってなかった」
まるで奇跡を目の当たりにしたみたいに、瞳に喜びの色を浮かべて、
高槻くんは言った。


