そんなある夜、邸の外から、細く痛々しい声と、それに向かい罵倒する声が聞こえました。

「なんですか、あれは」
不意に集中の途切れた石工が、不機嫌に尋ねると、使いに様子を見させた令嬢が、眉をひそめてささやきました。

「汚らしいおばあさんが来て、宿を求めているのです。この一帯は、「かあさま」の病で全滅して、この街だけ予防薬で守られたはずなのですが」

不審に思った石工が、扉のすきまからそっとのぞいてみると、なんと自分の老いた母が、幽霊のようなやせほそったからだに、ぼろをまとって足元もおぼつかない姿で立っているのです。

石工はぞっとしました。
(あの病で母が生きているはずはない。あれは自分を怨んでやってきた幽霊だ!)

あとを追ってきた令嬢が、卑しいものと恐ろしいものを同時に見たように、ふらりとからだを石工にもたせて言いました。
「幽霊だわ!幽霊よ!なんて汚らわしい!」

石工は雷に打たれたように、びくりとしましたが、彼女の声に同調して叫びました。

「おい、あれは幽霊だぞ!早く追い払え!二度とこの世に出てこないようにしてやるんだ!」

そうして、ドアをしっかり閉めて、気を失った令嬢に果実酒を飲ませ、抱きしめるのでした。