深夜のヤビツ峠の峠道をハッシュの低燃費エコカーが登る。

街灯もなく。
たまに走り屋のようなイカツイ車が、次々と抜かして登って行った。
その都度ハザードを点けて道を譲るのが情けない。

「妄霊の名前は橋本さんと言うらしい。本気で危ないと思ったら、橋本さんの圏内から出ること。いいな?」
「分かった。」
圏と言うのは、妄霊の周囲に出る『異空間』 らしい。
妄霊を探すのに役立つが、圏内に入ると金縛りや、妄霊が妄霊たらしめた『様々な感情の波』が押し寄せてくるのだと言う。
慣れない人は、突然泣き出したり。
吐いたりするらしい。

「橋本さんって、どんな人なの?」
妄霊の橋本さん。一体どんな人なのだろう?
「・・確か、もともと本厚木の飲食チェーン店で店長をしていたとか聞いたな。アルバイトから始めフロアマネージャーから店長に、そしてエリアマネージャーに成り上がった・・とか。」
ハッシュは左手でスマホを持ちながら読み上げるように言った。
その情報、どこから来るんだ?

「まぁ、俺らからしてみたら無意味な情報だけどね。俺らの仕事は、こういう奴らに一発お見舞いするだけだから!」
ハッシュは笑いながら後部座席に置いてあるショットガンを親指で指した。

一発お見舞いする・・。
その相手は、普通の人生を歩んできた普通の人だ。
そんな人が、このヤビツ峠の山中に独りで歩いているのか?

一体何が始まると言うのだろう?
考えると鳥肌が立つのを感じた。