事件が起こったのはその日の夕暮れ。

今で言う五時を示す鐘が鳴った頃だ。

「荒木田⁈何故お前が……」

荒木田左馬之助が原田左之助を突如襲撃。

側に控えていた隊士が刀を持って突進して来る荒木田に気付き、大事には至らなかった。

荒木田は捉えられ、鬼の拷問が待っている

そしてもう一人、意外な間者が見つかった

楠小十郎。

新撰組美男五人衆の一人。

彼は作戦通り、荒木田が騒ぎを起こしている間に、情報を持って逃げようとした。

予め確保しておいた抜け道を通り、作戦は成功したかに思えた。

だが、楠の目の前に一つの人影が立ちはだかる。

「紅河さん………?」

彼は荒木田さんと一緒に陽動を起こしているはずなのに、一体何故ここに。

「何をしているんですか?楠さん」

にっこりと微笑む紅河。

楠は頭が混乱して、何も考えられない。

「紅河さんの方こそ……何故……?荒木田さんはどうしたのです」

何かがおかしい。

混乱した頭の中に警鐘が鳴った。

逃げろ

と。

始めから、紅河は味方などではなかった。

紅河は優秀な監察方。

自分達は騙されたのだ。

「そう……そうだったんですね、紅河さん貴方は、始めからこちら側ではなかったんだ。貴方は、僕達を騙していたんだ」

紅河は微笑みを浮かべたまま、刀を抜く。

「楠さん。間者と言う証拠は既に上がっています。神妙にしてください」

「嫌だ。僕には任務がある。何がなんでもこの情報は届けなくてはならない」

「そうですか。残念です」

言うが早いが、紅河は一瞬で楠を斬った。

「ぐあぁっ」

倒れた楠を見下ろして、紅河は微笑みを消した。

「まだ、生きているでしょう?残り、僅かな命で考えてみたらどうですか。その情報を貴方がたに渡したのは誰か」

薄れゆく意識の中で、楠は己の運命を悟った。





もう僕には、死ぬと言う選択しかなかったのですね。

情報を提供してのは紅河、貴方だ。

貴方の情報には、嘘の情報が混ざっていた

私はその情報を藩に持ち帰ったところで、殺されていたでしょう。

遅いか、早いか。

ただそれだけの違い。

ならば私は、貴方に殺されてよかった。

不思議だなぁ、紅河さん。

「貴女は……初恋の人に………そっ…くり…だ…」


楠の流れていた血が止まる。

紅河は、楠の最後の言葉に目を見張った。

「楠、貴方は馬鹿ですね。私は、男…ですよ……?」



『紅河さん』


温かな、楠の声が蘇ってきた。

お前は、恐れて誰も近寄らない私に、笑みを浮かべ声を掛けてきた。

「昔も、今も……本当にお前は馬鹿だよ。小十郎」