宴の翌朝。
ほとんどの隊士が、二日酔いで頭を抱えていた。
普段は、土方が怒る程騒々しい朝餉の時間も、何時になく静かだった。
「へーぶしょいっっ!」
大きなくしゃみをする原田を除いて。
「汚ないですよ、原田さん」
正面に紅河が顔を引き攣らせながら言う。
「すまねぇな。風邪を引いちまったみたいでよぉ」
ずずず、と鼻をすする。
紅河は完璧に嫌そうな顔をして、原田から離れた。
「馬鹿なのに、風邪を引くんですね」
「あ?何か言ったかぁ?紅河」
「いえ、何でも無いですよ」
紅河は丁度空いていた沖田の隣に腰を下ろす。
空いていたのは、訳があるのだが。
「紅河さん。かなり毒舌なんですね」
「沖田さんには、敵いませんよ」
そう言いながら、おひたしに砂糖を入れようとしていた沖田の手を払い除ける。
「紅河さん。凄いですね‼︎殆どの人は気づかないのに」
沖田の隣が毎回空いている理由。
其れは、悪戯を仕掛けるからだった。
「甘い物が好きなんですか?」
「はい。大好物で…っごほっごほっ」
おひたしを口に運んだ沖田が咳き込む。
「如何てすか。大好物の甘い物は?」
実は紅河、沖田の手を払い除けただけでなく、更に沖田のおひたしに砂糖を入れ返したのだ。
「紅河さん。ちょっと表に出ましょうか」
にっこりと笑っているが目は笑っていない沖田。
「そんなに笑顔で。随分とお気に召した様ですね、甘いおひたし。私には理解出来ませんが」
沖田の黒い笑顔は、紅河に全く効かなかった。
「何なら、毎日甘くしましょうか?」
そして、沖田よりも紅河の方が一枚も二枚も上手だった。
「………」
「紅河凄いな‼︎あの総司を黙らすなんて
」
にこにことした笑顔で寄って来たのは藤堂平助。
日頃、沖田の手のひらで良い様に転がされている一人である。
そんな彼の目には、紅河が超人の様に見えた。
「平助。今日稽古の相手をして下さいね。うっかり、肋骨を何本かやってしまうかもしれませんが」
「え⁉︎」
結局、藤堂は沖田の八つ当たりを食らうのだった。
「総司につけられた痣。やっと消えたんだぜ?」
「なら、丁度良いじゃありませんか」
「良くない‼︎紅河、助けて」
「頑張ってください」
にっこり笑うと、紅河は立ち上がった。
「助け」
「紅河」
必死の形相で頼む藤堂の声を遮り、土方が紅河を呼ぶ。
「はい」
紅河を呼んだ土方の顔は幾分が険しいものだった。
「どうしましたか、副長?」
「いきなりで悪いが、今日から仕事に就てもらう。昼の巡察について行ってくれ」
「承知。隊は何番ですか?」
「二番隊、五番隊だ。其れから……」
一段と土方の顔が険しくなる。
「筆頭局長芹沢鴨には、充分に注意を払えなるべく関わるな」
「筆頭局長ですか……。昨日から思っていたのですが、派閥が有る様ですね。一つは近藤派。もう一つは…」
「それ以上言わなくていい」
「そうですか。では、御忠告有難うございます。失礼します」
「組長の奴らに挨拶しとけ」
二番隊組長永倉新八。
五番隊組長武田観柳斎。
何方もまだ、食事をしている。
運の良いことに、隣同士だった。
「永倉組長、武田組長。今日の巡察で御世話になります」
運の悪いことは、私は武田が好きじゃない
かなりの男色家らしく、私も目をつけられてる。
「あぁ、紅河。宜しく頼むぜ」
「紅河君。君の初仕事は、私達とか。嬉しいな」
いや。
嬉しいどころか最悪だ。
この男、生理的に無理だ。
「宜しくお願いします」
なるべく武田を見ない様に言う。
永倉はわかっている様で、苦笑いだった。
「そうだ。紅河君、今日私と一緒に稽古をしないかい?私の軍学を教えてあげようでわないか」
「いえ、結構です」
私は逃げる様に立ち上がった。