「蛤御門で、長州兵と会津兵が激突。戦闘が始まりましたッ!」




弾かれたように、紅河は振り返った。

「……始まったか」

静かな京の町に、大砲の音が響く。

「ゆくぞ」


きりりと顔を引き締めると、紅河は戦火へと身を投じる。

真っ赤な飛沫が上がった。

阿鼻叫喚の最中、ただ一人、悠々と戦場を歩く紅河。

彼女の放つ異様な気配に怯え、誰も近寄ることができない。

飛び交う銃弾さえも、傷付けることができない。

そこだけ、時間の止まったような。

凄まじい、覇気。

「もう終いか。戦は始まったばかりだぞ」

薄く笑うと紅河は、体を前に倒す。

その体勢のまま、紅河は凄い速さで走り始めた。

彼女が駆け抜けた後には、紅の華が鮮やかに舞っている。

「あれは………っ!」

一人の兵士が息絶え絶えに呟く。

「鬼……だっ……!逃げなければっ……逃げなければ………殺されるッ!」

その男の言葉を皮切りに、金縛りが解けた兵士達は散り散りになって逃げていく。

「そうだ、恐ろ、怯えろ。そして、逃げろ」

それが、今回の目的。

実力が釣り合ってる状態から、もう片方の圧倒的実力を見せつける。

そして、彼らはあの紅河の恐ろしい姿を忘れることが出来ない。

生じたのだ。

本来あるべき道に僅かな狂いが。

忍とは本来裏で事を操る者。

しかし紅河は、表で事を操った。

表で出るはずのなかった者が表に立ち、人々に鮮烈な記憶を残した。

それは、長く大きい道にとっては、ほんの僅かな狂い。

けれどそれは、大きな擦れとなって、後に辿り着く未来を変える事ができる。

「存在するべきでない者が存在し、死ぬべき者が生きている」

そういった出来事か積み重なって、不可能が可能に変わる。