さて、珍奇な高杉の頭をも悩ます長州の上役達。
来島又兵衛を主とする積極派の者達である。
八月十八日の政変で京を追われて以来。
何とか失地回復を試みようとして来たのだが。
先月五日に起こった池田屋事変を皮切りに、京へ乗り込もうとする論を、言い出したのである。
それに対し、桂小五郎、高杉晋作らは慎重論を唱えているのだが。
頭の硬い上役は、全くと言って聞き入れないのである。
「実際に動くのはあいつらじゃないからな。積極論などいくらでも唱えられよう」
紅河は肩を竦めてそう言う。
実際その通りであるだけに、桂も高杉も笑えない。
「久坂や入江まで巻き込まれている。あいつらは長州の大切な頭脳だ」
高杉と同じく、松下村塾四天王が一人、久坂玄瑞。
同じく松下村塾四天王が一人、入江九一。
吉田松陰と共に学んだ旧友(とも)である。
「紅河殿。何とかならないだろうか……」
眉根を寄せる桂を見て、紅河は目を細めた。
「無理だな」
「しかし……」
「今の様子では大きな変でも起こすつもりだろう。大きな流れを変えられるほど、私は力を持っていない」
紅河の言っている事は正しい。
たかが一人の人間が、歴史の波に逆らったとて、抗えるわけもなく。
ただ流されて、やがて沈みゆくだけなのだ。
「何かを変えたいと望むのならば。時間と人手が必要だな」
今出来ることといえば。
僅かな歪みをつくることくらい。
次に繋げることの出来る歪みを。
「それを、用意すると言ったらどうだろうか?」
紅河は目を閉じると、凄絶な笑みを浮かべる。
「桂、勘違いしていないか?私は、尊皇も攘夷も、思想などどうでもいい」
桂はびくりと体を震わせる。
「この国がどうなろうと、私の知ったことではない。私は、与えられた命令に従うだけだ」


