莵毬は、任務も命じられて、それで私の両親を殺したのではなかったのか?

誰が、正しい?

誰を信じればいい?

違う。

私は………

仲間?

家族?

それまで信じていたことが、ぼろぼろと崩れていく。

「莵毬は、私が貰っていくよ。五月蝿いのも来たようだしね」

土方達が、戸口で睨むようにして立っている。

「お前。誰だ?」

「さあね?………また来るよ、紅河」

大の男一人を抱えているとは思えない身軽さで、紅河の兄は塀を越えていく。

「な………斎藤、追え!」

「やめておいた方がいい………」

止めたのは紅河だった。

「何者です。あの男」

沖田が鋭く尋ねる。

一瞬、紅河の肩が震えた。

「………兄だよ。私の」

「お前、兄がいたのか」

「関わらない方が良い。兄上には、敵わない………誰も」

誰も。

紅河は、がたがたと震える体を強く抱き締める。

「………覚悟なんて……ないんだ…」

いつだって、私は。

本当に必要な覚悟は、いつだって決まらない。

莵毬に、真実を聞けなかったのは、真実を聞く勇気がなかったから。

真実を聞くのが怖かったから。

真実を知ったら、莵毬がどこかへ行ってしまいそうで。

怯えているうちに、全て届かないところへ行ってしまう。

「紅河……」

結局、私は何一つ守れない。

紅河はよろめきながら立ち上がった。

素足のまま、庭へ出る。

「紅河、何処へ行く!」

ポツリ、ポツリ_____雨が降り始める。

やがてそれは豪雨となって、京の町に降り注いだ。

しばらく、紅河はその雨の中で立ち尽くしていた。

「紅河!」

ゆるゆると土方達の方へ振り向く。

生気の無い、真っ青な顔。

唇も色を失い、震えていた。

「______」

その唇が僅かに動く。

だが、それは雨音に掻き消され土方達には聞こえない。

「何だ、紅河!何て言ったんだ⁉︎」

どんなに声をかけても、砕けた紅河の心へは届かない。

紅河は身を翻すと雨の中へ消えていく。

誰も追いかけることができなかった。

「紅河、一体どうしたんだよ?」

‘‘覚悟なんでないんだ”

絞り出すように言った紅河。

それが、何を意味するのか。

紅河と兄の間に何があったのか。

土方達は知らない、分からない。









________それきり、紅河は新撰組の前から姿を消した。