「編入試験の時に貴方が弾いた、マスネ作曲『タイスの瞑想曲』が噂になったことがあったわ。すごいヴァイオリンを弾く奴が編入してきたって」



「へぇ~、そうなんだ……」


詩月は知らなかったふりをする。



「普段は、適当に流して弾いてるんだろうと」



「そんなつもりはないんだけど」



「貴方、普段も演奏中も何を考えてるのか? よくわからないと言われてる」


「そうかな~。師匠には演奏にムラがあると言われるけれど。心ここに在らずか、そうでないかが音に出ると」



「あらっ、そうなの。今日のヴァイオリンは、どうだったの?」



郁子が、からかうような視線を向けている。



「今日の演奏は、真剣に弾いた。満足のいく演奏だった」



詩月は、はっきりと自分自身に言い聞かせる。



 ふふっと、笑みを溢す郁子の横顔を何気なく見下ろすと同時に終業の鐘が、静かに鳴った。