郁子は、詩月の顔を覗き込む。


「どうかな……」

詩月の表情がふいに曇る。


「どうかした?」


「ん……滝廉太郎は夢半ばにして帰国してしまったんだよな。

あの才能、周囲の期待も大きかっただろうに」


「そうね……」


「当時は不治の病だったんだよな、結核は……さぞ無念だっただろうな。

心を惹かれた女性もいただろうに……」


詩月は、チリと胸の痛みを感じた。


夢半ばに諦める辛さ、虚しさは、いかばかりだったことかと。



――宵待草。

頭の中で夕暮れの中、共に奏でた「宵待草」が鳴り響く。


「……桜くん」


「ねぇ、周桜くん!!」


「あ……悪い」


ボーッとした様子の詩月を郁子が覗きこむ。


「大丈夫!?」


「夢を断たれるって、どれほどの思いなんだろうな」



詩月はきつく楽譜を入れたファイルを握りしめ、寂しそうに笑った。