生前のリリィの姿を思い出し、詩月の胸に孤独感が押し寄せる。

 リリィは拙い演奏も落ち込んで上手く弾けていない演奏も、どんな時も優しく微笑み、誉めることはしても、決して咎めたり叱ったりしたことはなかった。

それに詩月は、リリィにヴァイオリンの指導を受けてはいたが、ピアニスト志望で、1度もヴァイオリンのコンクールに出場したことはない。

リリィは「ピアノもヴァイオリンも音楽を愛する思いは同じだから」と、詩月の出場するピアノコンクールには、詩月の演奏をいつも最前列で見守っていた。

 そしてリリィは時々、暖炉の上の写真立てをみつめていることがあった。

セピア色をした写真。詩月は彼女と共に、写真に収まる猫を抱いた青年の和かな眼差しを、はっきりと憶えている。

 詩月は青年と彼女の詳しい間柄などは特に聞いたことはなかった。彼女は、その青年が猫をとても大切にしていたと話した。

そして彼女が時折、詩月に弾き聴かせてくれた、「チャイコフスキーのヴァイオリン曲OP42ー3「懐かしい土地の思い出、メロディ」。

詩月は、彼女が優しく穏やかに弾いていた顔は、忘れられそうにないなと思う。

 リリィはモルダウに春先まで時々、顔を出し学生達の演奏を聴いていた。