ヴァイオリンの師匠リリィが亡くなった。

詩月が訃報を聞いたのは、リリィの葬儀の当日。

坂の上の豪邸に住むヴァイオリンの師匠リリィは、清楚で気高く品のある、凛とした女性だった。

師匠の名前は百合子。

日本人だが、その名前と雰囲気から百合の花を連想させるため、リリィと呼ばれていて、詩月も師匠をリリィと呼んでいた。

 詩月は私立聖諒学園の音楽科3年生でピアノとヴァイオリンを専攻している。

両親は共に音楽家だ。

父親はピアニストで、音楽の都と称されるウィーンを拠点に演奏活動をしていて、年に数えるほどしか日本にいない。

母親はヴァイオリン教室の生徒のレッスンで忙しい。

 詩月はピアノもヴァイオリンも、両親から教わった記憶がほとんどない。

ピアノは物心ついた頃から父親の友人で、著名な指導者に教わっている。

ヴァイオリンは、リリィに5才から高校受験まで指導を受け、現在はリリィの教え子の元ヴァイオリニストに教わっている。

 65歳。短い生涯だ。

リリィにはもっと、ヴァイオリンの指導をしていてほしかったし、彼女の演奏をもっと聴きたかった。

そして、もっと彼女に演奏を聴いていて欲しかった。