周桜は、確かにその「化ける」タイプの演奏者だ。




安坂は、詩月の街頭演奏などを聴くたび、そう感じ不安になる。



「いや~、まいりましたね。

まさか受験の自由曲に、あの曲を弾く学生がいるとは」



「ですね。下手なら身の程知らずと切り捨てもできますが、ああも見事に弾かれたのでは、我々はお手上げですよ」




「文化祭、来賓へのアピールには、彼の演奏で決まりですね」



安坂は、廊下をすれ違う教授達に会釈しながら、話題の主が誰であるかを察し、「彼ほど適任はいないだろう」と思った。



 学舎を出ると、仄かに香る金木犀の甘い匂いがした。



安坂はカフェ「モルダウ」で詩月と郁子の弾いた、エルガー作「愛の挨拶」を思い出した。