「いい子だな」

詩月は、情感を込めて「チャイコフスキーのヴァイオリン曲」を弾いた。

「チャイコフスキー」と言っても白い猫が居る時、弾く曲はヴァイオリン曲OP42ー3「懐かしい土地の思い出、メロディ」と決まっている。

 曲を引き終えると、白い猫は「ミュ~」と甘えた声を出し喉を鳴らした。

詩月は、そっと白い猫の頭を撫で「またな」と呟く。

席に戻りピアノを振り返ると、白い猫の姿はそこになかった。

 ゆっくりと席に着き、詩月は髪をかきあげる。

郁子は、詩月の仕草を見ながら、「細い指だ」と思う。

オクターブに軽々届く長い指は、羨ましいほどだが、薬指も小指もスリムサイズの煙草の太さもあるだろうかと。

「よく折れないわね」

郁子がポツリ呟く。

詩月は、学生服のズボンにそっと手を入れ、胡桃を取り出して見せた。

「これで、鍛えている……」

 鍵盤を重たくし、指を鍛えているピアニストや、胡桃で指を鍛えているというヴァイオリニスト。

そうしたことは、よく聞く話で珍しいことではない。

どの程度まで指を鍛えれば、あれほど迫力のある演奏ができるのか?郁子は不思議でならない。

鮮明に耳に残っている音の洪水。

郁子は興奮と歓喜が頭の中と胸の奥で、入り乱れているような気がした。