何処かで見かけたら間違う筈もない。数々の目撃情報は、まんざら嘘ではなさそうだし確かな情報に違いない。

 詩月はてっきり、学園近くの住宅街にある富豪の飼い猫が、気まぐれに飼い主の目を盗み、此処の珈琲の香りと様々な楽器の音色に誘われてやって来るんだろうくらいに思っていた。

学生達の猫情報にただ、唖然とするばかりで溜め息をつく。

「はるばる、電車に乗って貴方の『チャイコフスキー』を聴きにくるのよ。甘く切ない1曲を披露してあげたら!?」

詩月の顔をマジマジと見つめて、郁子が悪戯っぼく微笑む。

白い猫が此処に来ると、黒塗りのスタンウェイのグランドピアノを弾く者も他の楽器を演奏する者も居ない? ことに気づく。

「白い猫はチャイコフスキーを聴きに来る」

喫茶店にいる学生の誰もが気づき、認めているのか? 詩月は半信半疑だ。

白い猫はチラリと此方を見て「ミャゥ」と甘えたように一声鳴いた。

詩月は「ねぇ、早く弾いてよ。待ちくたびれそう」と言われた気がして、ヴァイオリンケースから徐にヴァイオリンを取り出し素早く調弦を行い立ち上がり、ピアノの前に進んだ。

本当に!? という気持ちと、はるばる「チャイコフスキー」を聴きにくるという愛しさに少々、複雑な気持ちだ。