「本番で、この演奏がどう化けるのか? そう考えたら俺は身震いが止まらなくなる。
もし、周桜がコンクールの舞台で本気の演奏をしたら……そう思うと、いくら練習しても足りない。彼には敵わない気がしてくる」




郁子は、初めて聞く安坂の弱音に、安坂の顔を覗きこんだ。




「演奏に納得がいかないなら練習室を出て、街頭で聴き手を前に弾いてみるのもありなんじゃないか? 周桜の演奏を聴いてると、そんな風にも思えてくる」




安坂は、険しい顔で睨むように詩月の演奏を聴いている。



「遊びで弾いているだの、余裕で弾いているだのと好き勝手に言われながらも、周桜は周桜なりに自分の練習方法を貫いて必死に演奏しているんだろ。
それに素人ははっきりしている。
下手なら愛想を尽かし耳を貸さないし、つまらない演奏とわかれば演奏途中で去っていく。
こんな所なら尚のこと、モルダウのような温室とは違う。
周桜は、1人で戦ってるんだ」