「……何もわかっちゃいないんだな」


安坂は舌打ちの後、失笑し黙したまま数十分、車を走らせた。


「着いたぞ」



そう言われ、郁子はふてくされたまま車を降りる。



 夕暮れに染まり始めた景色が目の前に広がる。


停泊した氷川丸が夕映えの中に白く輝いている。


公園と車道を仕切る縁石の街路樹も紅や黄色に色づきかけ、落ち葉が石畳に鮮やかなアクセントを添えている。





 公園の中央に細身で、明るい髪色をした私服姿の青年が見える。



「……周桜くん!?」


「周桜は、中学生の頃から街頭演奏を始めたらしい。

元ヴァイオリンの師匠の勧めだそうだ」



「リリィ……さんが!?」



「ああ。なぁ、郁。初めから聴き手がいたと思うか?

初めから流暢に弾けたと思うか?」



安坂の問いに、郁子は黙りこむ。