彼は何とか彼女の力になりたいと思い、ある提案をした。

中学生という思春期の最も繊細な時期の少年に、その提案を勧めることを彼女は、躊躇したのだが……。

 舞台に上がり緊張でガタガタと震えているようでは演奏家は勤まらない、自信がなければ思い切り演奏はできない。

聴き手の心を掴むことはできないし、感動させることもできない。

それは彼も彼女も共に音楽を学び、幾つかのコンクールを経験し、自ら実感してきたことだ。

彼は「詩月が君が認めるほど確かな実力を持っているからこそ、負の感情に押し潰されたまま燻っていてほしくない」と、説得した。

緊張、孤独、自信の無さ、父親へのコンプレックス、ズタボロの演奏……詩月は泣きながら練習した。

彼は可哀想だと思いながら、そっと彼女に提案しつつ、詩月を見守っていた。

 彼のある提案から一年、詩月がようやく自信をつけ始めた矢先……突然の出来事だった。

 大学の広報活動として毎年、秋に行われる定期演奏の打ち合わせを終えたその帰りだった。

出張先を出た時には、すっかり日が落ち、雨も降っていた。