叶わぬ約束だと思いながら、音楽に携わっていれば、ヴァイオリンを弾いていれば、いつか約束は叶うと信じていた。

 歳月は流れた。

彼は弾く側から教える、指導する側になった。

風の噂で彼女が結婚後、自宅でヴァイオリン教室を開いていることを知った。

繋がっている、同じ道を歩いている。

そう、思った。

彼は自分の学んだこと、自分の経験を全て注ぎ込み、教え子達の活躍を見守り、演奏家を育てていった。

 10数年前。

彼はドイツを拠点にヨーロッパで活躍するピアニスト周桜宗月の日本公演コンサート会場で、彼女に再会した。

彼女は夫の事業が息子の代になり、周桜宗月のコンサートのスポンサーをしていると話した。

彼は歳月を経て尚、変わらない彼女の笑顔と彼女の目に、別れた時と変わらぬ輝きを感じた。

 再会後、彼らは彼が勤務する大学近くの喫茶店で度々、語り合い学生達の演奏に耳を傾けた。

共に音を重ね演奏をすることもあった。

叶わないと思っていた約束「いつか『懐かしい土地の思い出』を弾きましょう」が叶い、時間を共有する日々。

彼は音楽を続けてきて良かった、音楽に携わってきて良かったと思った。