窮屈な練習は正確な演奏と技術向上などには役立つが、聴き手がいない。

詩月は1人黙々と弾く孤独感が苦手だが、街頭演奏は違う。

ーー下手でもいい、完成度が低くてもいい、なにがしかの反応がある。あの日、夕暮れの中で音を重ねた男性も、もしかしたら、そう思って弾いていたのかもしれない

詩月はしばらく男性の姿を見かけてはいないが、都合のいいように考える。

 普段クラッシックには無関心な人々の生の反応が毎回、新鮮で詩月には心地好い。

詩月に「余裕だな。遊んでられる奴が羨ましい」などとよく皮肉を言う学生もいる。

詩月は「遊んでいるのではない、これも練習方法だ」と反論する。

無論、理解はしてもらえないが……。

「周桜!」

 詩月は聞き覚えのある声に顔を上げた。

「安坂さん」

「お前の十八番を聴かせろよ」

 詩月は十八番と言われ、そんな曲があったかな? と首を傾げる。

「あの、実技試験の課題曲が気になっているので聴いてもらえませんか?」

 詩月は、思い切って訊ねてみる。

「批評が欲しい、ということか。俺は辛口だぞ」

「構いません。辛口の方が助かります」