扉の前に白い猫が座っている。

白い猫は、「ミャウ」と甘えた声で鳴き足下に擦り寄ってきた。

「君、今日は何が聴きたい?」

そう訊ねた詩月の声が、扉の風鈴の音に被さり掻き消された。

レジの側に立っているウェイトレスが、くすりと詩月を見て笑みを溢す。

「その猫は、詩月さんが来る日を知ってるようです」

 詩月が首を傾げながら、窓際の席に目を游がせると郁子がひらひらと手を振っている。

詩月に擦り寄ってきた白い猫は、いつの間にか当然の如く、黒塗りのスタンウェイのグランドピアノの上に陣取り座っている。

「お前、特等席だぞ」

マスターが、カウンター越しにカラカラと笑い、カップに珈琲を淹れると、芳ばしい香りが広がった。

「ねぇ、あの猫。9月の初めから此処に顔を出し始めて『チャイコフスキーを聴いてる』のに気付いてる? チャイコフスキーの演奏が終ると帰っちゃうの」

詩月が席に着くと、ピアノの上で退屈そうに欠伸をしている白い猫を指差し、緒方郁子が訊ねる。