「そう、お淑やかで品のある優しそうな……」

 言いかけて演奏する詩月を見上げた女生徒は、「あっ」と息を飲んだ。

詩月の薄い色の瞳から、涙がつぅぅと零れ落ちていく。

詩月は頬に伝う涙を拭うことなく、曲を奏で続ける。

愁情の物悲しく優しい響きは、どこか演歌にも似ている。

詩月は口元をきゅっと堅く結び、声が洩れそうになるのを堪えているようにも見える。

何を思い何に対して、誰のためへの涙なのか――音色は弾き始めた時にも増して、冴え渡ってさえ聴こえている。

自らの演奏に涙するほど、感受性豊かに弾いて尚、ぶれることのないヴァイオリンの音だ。

こんな弾き方をする奴だったか!? 普段はもっとラフな感じで「心此処に在らず」とでも云うように、それでもそつなく巧みに弾きこなし澄ましたような顔でいるのに……。

店内の至るところから詩月の様子に気付き、ざわめきが起こり始める。

が、詩月はヴァイオリン演奏を止める気配はない。

 詩月の目線の先には誰も座っていない。

見つめている席に、あたかも誰かが座っているように曲を奏でる。